平凡サラリーマンの日常

雑記ブログです。ちょくちょく更新していきます

【AI時代の漠然とした不安】自分って、いらんくね?

最近、仕事の進め方がガラッと変わりました。

私のメインの相棒は、GoogleGeminiMicrosoftCopilot

この二大巨頭が、日常の業務を劇的に効率化してくれています。

資料作成、アイデア出し、複雑な情報の要約。以前なら丸一日かかっていた作業が、ものの数時間で片付くようになりました。しかし、この便利さが極まると、ある漠然とした不安が頭をもたげてきます。

「これ、私じゃなくてもよくね?」

最近では文字を打たなくても、会話で相談できるようにもなったし・・・

 仕事で「最初に相談する相手」はAIになった

以前は、何か壁にぶつかったり、新しいプロジェクトの資料を作る際、まずはチームの先輩や同僚に相談していました。

「〇〇の件、どう進めたらいいですか?」 「このデータ、どういう切り口でまとめますか?」

今、この最初の質問をぶつける相手は、完全にAIです。

  1. 資料作成: 企画書の骨子や構成案はGeminiに依頼。

  2. 情報収集と要約: ネット上の膨大な情報をCopilotで瞬時に要約・整理。

  3. 技術的な質問: 特定のコードや関数の使い方を質問。

まるで優秀で、24時間文句も言わずに働いてくれるアシスタントが隣にいるようなものです。

まとまりのないものをかき集めさえすれば、あとはAIが「いい感じ」にしてくれる

私の現在の仕事のプロセスは、驚くほどシンプルになりました。

1. 「素材」のかき集め(人間の役割)

  • 会議の議事録の断片

  • 手書きのメモ、思いついたキーワード

  • クライアントから届いた箇条書きの要望

  • チームメンバーが送ってきたラフなデータ

2. 「いい感じ」への加工(AIの役割)

私はこの「まとまりのない素材」をAIに放り込みます。

:「このメモと、この議事録の情報を組み合わせて、『次期プロジェクトの提案書』のドラフトを、ビジネス文書として体裁を整えて作成して。」

すると、AIは一瞬で、人間が数時間かけても難しいレベルの、論理的で分かりやすい文章や資料をアウトプットしてくれます。

 AIを使えば「誰でもできそう」という危機感

この成功体験が積み重なるほど、私の心には自己否定感が芽生えます。

  • 「私が行っているのは、単なる『AIへのインプット作業』と『最終チェック』だけではないか?」

  • 「この『素材のかき集め』は、専門的なスキルではなく、誰にでもできる作業では?」

  • 「AIの進化がこのまま進めば、私の仕事の価値はどこにあるのだろう?」

AIが「いい感じ」にしてくれるおかげで、求められるスキルが「ゼロから生み出す能力」から「AIを適切に導く能力」へとシフトしているのは明白です。

しかし、その「導く能力」も、高度なものというより、AIに正確に指示を出すための「言語化能力」や「情報の整理能力」に過ぎない気がしてしまいます。

とはいえ、自分にできることは?

立ち止まって考えてみます。AIがどんなに優秀でも、現時点で代替できない、私たち人間の役割が必ず残ります。

1. 「何に使うか?」の定義(目的設定)

AIは「提案書を作れ」と言われれば作りますが、「この提案書でクライアントとどんな関係を築きたいか」「事業をどの方向に進めたいか」という目的は定義できません。AIにインプットする前の、最も重要な「問い」を立てるのは、人間です。

2. 現場の感情と文脈の理解(共感力と非言語)

AIはデータは読み取れますが、会議室の空気感、クライアントの微妙な表情、チームのモチベーションといった非言語的な情報は処理できません。資料を「いい感じ」にするだけでなく、その資料で誰を納得させるかを考えるのが、私たちの仕事です。

3. 「面白い!」という直感(創造性と倫理観)

AIが提示する「最適解」は、過去のデータに基づいています。しかし、市場を破壊し、新しい価値を生み出すのは、時に「非論理的だが、なぜか面白い」という人間の直感と、それを実行に移す勇気です。また、アウトプットに対する責任倫理的な判断も、人間だけが負うものです。

AIが多くの作業を代替してくれた今、私たちは「資料作成係」ではなくなりました。代わりに、「AIが働くための、価値ある問いと素材を提供し、そのアウトプットに魂と責任を吹き込む人」へと進化しているのです。

AIを使いこなし、そして、AIを超えていく「人間の役割」を、日々探求していきましょう。