息子が通う幼稚園で、最近、保護者たちの「食へのこだわり」に驚かされることが増えました。特に、ある日のピクニックで目の当たりにした出来事は、びっくりしました。
- なんだか息苦しい?幼稚園に潜む「食へのこだわり」
- ピクニックでの衝撃!「雪の宿」事件
- 我が子のために…?「食へのこだわり」エピソードは尽きない
- わかる、わかるんだけど…「完璧」じゃなくていいんじゃない?
- 我が家の「ゆるっと食生活」
なんだか息苦しい?幼稚園に潜む「食へのこだわり」
最近、息子が通う幼稚園で、ふと感じることがあります。
うちの息子が通う幼稚園、入園当初は気づかなかったんですが、どうやら「食へのこだわり」が強い保護者の方が多いようです。もちろん、子どもには安全で良いものを食べさせたいという気持ちは痛いほど分かります。
でも、それがエスカレートすると、なんだかちょっと息苦しいな…と感じることが増えてきました。
ピクニックでの衝撃!「雪の宿」事件
ある日、幼稚園のピクニックがありました。広々とした公園で、子どもたちは元気いっぱいに走り回り、お母さんたちはシートを囲んでおしゃべりに花を咲かせます。息子もご機嫌で、私があげた「雪の宿」をポリポリと食べていました。
その時です。息子の横にいたお友達が、それはもう熱い視線で「雪の宿」を見つめているんです。息子が「いる?」と声をかけると、その子はパッと手を伸ばそうとしたのですが、その瞬間に隣にいたお母さんがサッとその手を掴みました。
「あとで食べようねー。あなたにはこれがあるから」
そう言って、お母さんが取り出したのは、パッケージに
「無添加」「国産素材」
と大きく書かれた、いかにも体に良さそうなおやつ。その露骨さに、私は思わず笑いを堪えるのに必死でした。お友達はしょんぼりして、結局その無添加おやつを口にしていましたが、その表情はなんだか複雑そうに見えました。
「無添加」という言葉の魔法?
あの時の光景は、私の中で「無添加」という言葉が持つ、ある種の魔法のような力をまざまざと見せつけられた瞬間でした。
もちろん、添加物は少ないに越したことはないでしょう。でも、その子が本当に食べたかったのは、目の前の「雪の宿」だったはず。子どもの「食べたい!」という純粋な気持ちよりも、「無添加」という概念が優先されてしまうことに、なんだか寂しさを感じてしまいました。
我が子のために…?「食へのこだわり」エピソードは尽きない
ピクニックでの出来事だけではありません。
あのピクニックでの出来事以外にも、同じ幼稚園の保護者から驚くような「食へのこだわり」エピソードはたくさん耳にします。
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「うちは有精卵しか買わないの。だって生命力があるでしょ?」
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「マクドナルド?あんなもの、子どもに食べさせたことないわ」
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「おやつは〇〇(特定の有名店)のじゃないとダメなのよ。あそこのは安心して食べさせられるから」
わかる、わかるんだけど…「完璧」じゃなくていいんじゃない?
これらの話を聞くたびに、私の中には「わかる、わかるんだけど…」という複雑な気持ちが渦巻きます。子どもの健康を願う親心は、痛いほど理解できます。私だって、できることなら子どもには体に良いものだけを食べさせてあげたい。
でも、「完璧な食生活」を追い求めるあまり、逆に子どもが食べる楽しみを奪ってしまったり、親自身が息苦しくなってしまったりするのは、どうなんやろなぁと。
実際、親が見ていないときに、友達がもってきてくれた市販のお菓子をむさぼる様に食べる姿を見たことがあります。
我が家の「ゆるっと食生活」
じゃあ、わが家はどうしているかというと。
もちろん、わが家も食に対して無関心なわけではありません。できる範囲で、バランスの取れた食事を心がけていますし、野菜も積極的に摂らせるようにしています。でも、「〇〇でなければならない」という強いこだわりは持ちません。
普段の食事は、旬の野菜を取り入れたり、手作りのものを中心にしたりと、できるだけ体に優しいものを心がけています。でも、外食の時は好きなものを食べますし、おやつだって市販のお菓子を食べることもあります。「毎日完璧じゃなくても、トータルでバランスが取れていればOK!」というゆるい気持ちでいます。
一番大切にしているのは、「美味しい!」というシンプルな喜びを、子どもと一緒に分かち合うことです。完璧な食生活を送るのは、今の時代、本当に難しいこと。それよりも、「美味しい!」と笑い合える食卓が、きっと子どもの心と体を一番豊かに育んでくれると信じています。
「有機」「無添加」「オーガニック」…これらの言葉は、私たち親の心を少なからず揺さぶりますけどね。